FT
このところ、テーマになっている発声だが、かなり突っ込んだレッスンになった。
本番前、最後のレッスンなので当たり障りなくとも思ったが、本人も納得が行くまでやりたい、という意志が見て取れたからだった。
高音の処理で、なかなか喉に耐性が出来ず、一応3曲通す分には、問題ないようなのだが、まだぎりぎりな所もあるのだ。
結果はなかなか難しかったし、こちらも厳しいレッスンとなったが、難しいことが判れば、またそこから進む工夫も本人に芽生えて良いであろう、と良いほうに解釈している。
言葉で言えば、彼の場合、要するに喉をいかに締めないで(喉から始めないで)母音の発声が出来るか?
そのために、歌詞、母音をどうやって発声するか?に尽きる。
レッスンでも色々なことを今までもやってきた。
声を出す力のかけ具合と、喉と軟口蓋による、いわゆる開き具合のセットである。
声は抑え過ぎても駄目だし、出し過ぎても駄目。
出せば出すほど喉が締まるからだ。
出せば出すほど顎に力が入りすぎて、顎を開けなくてはいけないときに、開けられないのである。
では、出さなければ良いか?というと、声を抑えてしまえば、喉が上がって余計に締まってくる。
「適度」ということに尽きるかな。
それから、度々指摘していることだが、声楽の発声では、普段の言語発音と同じに考えると、喉が締まるよ、ということ。
特に我々日本人の場合は、その点は、充分頭に入れておいたほうが良いだろう。
これは、日本人でもかなり個人差があるのだが、このことだけに関しては、彼の場合は発音によって締まり易いタイプである、
と思っておいた方が良いであろう。
この声の出し具合と、喉や軟口蓋の開き具合の最良点を何度も練習して見つけるしかない。
これは、これ以上の理屈や方法論ではなく、最良点を見つける、ということを練習で積み重ねて行くしかないのである。
練習量、練習のペース、そしてもちろん、やる気であろう。
そして、大事なことが喉を壊さないこと、である。
さて、これらのことは、中長期的課題であり、今度の本番は、気にせずに伸び伸びと歌って欲しい。
あまりナーバスになっても、かえって悪い結果になるから。
2曲目のTu canun chiagneだけは、喉で力みすぎなければ、まったく問題ないであろう。
トスティのVorrei morirもとても良い声で歌えていた。
A seraが練習できなかったのだが、暗譜だけは確実に復習をお願いしたい。
HA
発声練習から、実際の曲でも、中高音の声が大分高い響きになってきたことが感じられた。
以前だと、えい!っと喉で押していた高音域も明らかに高く響かせよう、という意図が感じられるようになった。
良い傾向なので、更にこの発声を徹底すると良いだろう。
曲はイタリア古典のLe violetteから。
声は軽やかでとても綺麗に歌えている。
この曲調に合った軽やかな声質だ。
テンポがどうもぱっとしないので、少し進んでもらうように、お願いした。
ちょっとしたことだけど、そのちょっとしたテンポ感が、音楽を大きく変えるものである。
Panis angelicus
これもテンポが最初は軽すぎたので、じっくりと、ゆったりと広い音楽を目指してもらった。
母音の扱いは、大分良くなった。
フレーズが、微妙に短いのが気になった。
楽譜どおりなのだが、いわゆる拍の内切りのせいだと言えるが、実は言葉の扱いの問題ではないか?と、後で思った。
例えばPanis angelicusのフレーズの切り方。結局、拍の問題よりも言葉をどう納めるか?だろう。語感とでも言えるだろうか?
LuzziのAve Mariaは、全体にもう少し強さとか、訴求力とか、目に見えるようなものがあった方が良いと思った。
基本的なところは、綺麗によく歌えているのだが、この曲本来の良い意味での泥臭さが、少し薄い気がした。
Mariaという言葉を歌う気持ちなどは、もっと直截に表現されても良いだろう。
以上、今まで出来るだけのことはしたと思うので、こちらとしては何も心配が無い。
後はGPでの声がどのような感じか?を良く掴んで本番に繋げられるように。
WH
声の響き、特に高音域は大分良い感じになったと思う。
それは、モーツアルトもプッチーニも同じにである。
歌う際の、身体の使い方に工夫が見られて、良い声を出す素地がそんなところにも見て取れた。
足の膝を微妙に緩めながら重心の移動を左右に振ることで、身体のリラックスが微妙に保たれている。
そのことで、高音の発声に無理が無く、かつよく響くポイントを見つけやすくなっているのだろう。
ブレスも力まずに自然になってきている。
恐らく本人も、高音を出すのが快感になってきているのではないか?
モーツアルトのDonna Annaは、ちょっとしたソルフェージュの間違い、を直したことだろうか。
そして、ちょっとした声の締りに再度注意を向けることくらいだったろう。
ソルフェージュは歌手にとってはあまり大したことはなくても、ピアノ伴奏者にとっては、気になることもあるので
やはり、きちんと、譜面を読んでおくべきだろう。私も余り偉そうなことは言えないのだが。笑
高音は2点G~Aの音域がとても気持ちの良い声になってきている。
当った声だが、締めておらず頭声が綺麗に混ざってバランスが良い。
それでも2点bを超えると、まだ力みがあるにはあるが、大分響きに無理がなくなっているから、それだけ気をつけているのだと判る。
方向は良いと思う。
プッチーニのQuando me’n vo
こちらも出だしの声がとても良くなった。
声も前回より全体的に伸びやかで、このアリアらしさが充分出せるようになった。
今回も同じく、中間部の歌い方では、テヌートを充分出して歌うことと、クレッシェンドして行くところは、もっと明快に、ということであろうか。ピアノの伴奏とのタイミングもあったと思う。
最後の高音寸前のブレスは、あまり長いと少し興ざめなので、適度にお願いしたい。
大分リラックスできているみたいなので、今をそのままステージに繋げられれば成功であろう。
TT
発声練習では、母音をEにして練習からAに変えた。
中低音はややこもり勝ち。ただ細い薄い声帯だからか、癖も強くない。
こもる、といっても強く顕れない。
それで、エで母音の練習をしてみると、舌根が自然に上がるからこもりが取れる。
その状態のままAにしてみるとどうか?ということ。低音はなるべく上顎に響く声を、ということ。
モーツアルトAbedempfindingから。
低音から中高音まで、という彼女の声のピークがほとんど出てこない声域の曲だが、それを感じさせない歌いこみが感じられる。
強いて言えば、低音のフレーズの終わりの処理、あるいは同様なフレーズでEの母音が抜けてしまう傾向があったが、
それもかなり改善され、良くなったと感じられた。
後は将来の課題として、特にドイツ語の場合、狭母音の響き、あるいは母音の形を、もっとドイツ語のオリジナルなものに近づけて欲しい。全体にイタリア風なアペルトな発声になってしまうので、ドイツ語本来の美しさ、味わいが薄まってしまう。
これは、声楽家は概して、そうなる傾向が強いのではあるが、歌曲では、言葉の美しさそのものが出ることがとても大事なことなので、
少しずつ覚えて行ってもらえれば有難い。
Chanson d’Olympia
1回目の通し、特に1番は抜群の声の響きでほぼ言うことがなかった。
2番はちょっと疲れるか?1番で頑張り過ぎない配分を考えておくと良いだろう。
勿論、ここぞ!というところは、最大限頑張るのだが。
冒頭のフレーズでついつい張り切っちゃうが、張り切らないで2番まで余力を残しておこう。
高音は、くれぐれもナーバスにならないで、思い切ってお願いしたい。
特に、カデンツの高音は、可能な限り伸ばして、くれぐれもステージを楽しんで欲しい。
SM
本番前最後のレッスンだが、かなりみっちりやったかな。
この3曲は今までも良く勉強したと思う。
特にロマンスの1曲目は苦労した。
が、それだけのところには到達してくれたと思う。
この1曲目は今回のレッスンでも、テンポをかなりゆったりさせて、改めて良い結果が出たと思う。
また、2曲目の「麦の花」も、前回よりもゆっくりにした。
その方が、リズムが確実になり、そのせいで発声も確実になり、結果的に良い声で歌えるからである。
その分、歌う側はある種の我慢があるかもしれないが、聞く側には良い結果を与えると考えて欲しい。
要するに最大限、声に集中出来て、発音も丁寧に処理できること、に尽きるだろう。
また、ピアニストの力量も関係あるので、その意味でも今回は良かった。
「放蕩息子」のアリアは、前半のゆったりしたレシタティーヴォからアリア前半。
そして、中間の早い語りへの変化、などが声に破綻をきたさずに、上手く処理できている。
いずれも、焦らないで落ち着いて確実に処理すること、それが成功のもっとも単純な秘訣だと思う。
本番は、それでも自然にテンションが上がるから、丁度良いと考えれば良いであろう。
ただ、声を出すエネルギーだけは、抑えないこと。
丁寧に、確実にやるのは、どちらかといえばテンポ感と思えば良い。
声は、常にもっとも声を出すエネルギーのあるポイントを感じて歌っていて欲しいのである。
今回、色々難しい問題もあったが、とにもかくにも良いところまで持ってこれたのが大きかった。
安定して良いポイントが出せているので、良い声でこれら3曲を表現出来るようになった。
自信を持って本番に臨んで欲しい。