KM

今日のポイントは、歌うための身体の使い方。

声楽、というと、マイクを使わないから「大きな声」という回路が無意識に出来上がってしまうのではないだろうか?
言い方を変えると良くも悪くも「腹から声を出す」である。
この両者があいまって、歌う身体の使い方が決まるのだと思う。

悪い方に行ってしまうと、特に胸とか肩、首などがコチコチに硬くなってしまう。
彼女の場合、これで地声の混ざりの強い声になってしまって、2点F以上の高音がほとんど出せない状態になってしまっていた。

ファルセットとか、ハミングとか、単に声の問題だけで対処しようとしても出来なかったのだが、ふと歌っている身体の状態を良く見ると、胸の上辺りから肩にかけて、異常に硬くなっている様子が見て取れた。

それで、あえて両腕を上に上げた状態で、歌う練習をさせてみた。
両腕を上に上げていれば、少なくとも胸上部の硬さが取れるからである。

見方を変えれば、彼女の声を出すエネルギーとして、ひたすら下に向けて踏ん張っているように見えたのであった。
お腹を少し前に踏ん張って、応援団が大きな声を出すような状態、に近い発声になってしまっていたのである。

腕を上げただけで、2点F以降の発声が徐々にではあるが、滑らかに廻るようになってきたのだった。
両腕を上げることで、自然に胸郭が開くために、呼吸器官が自然に開いて、息の通りが出てきた、と理解したい。

何でも良いのだが、良いきっかけを見つけたらそれを徹底してみることである。
今日はこれをきっかけにして、例えば高音から低音に降りるフレーズで、高音側の発声の響きを低音まで変えないように発声するには
どうするか?ということを考えてもらった。

その結果、お腹は自然に中に入れて行くであろう、ということ。
響きが低音になって落ちてしまうと、場合によっては、喉の絞まった地声だけの声になってしまうであろう。

ここまでの、練習でお腹を入れることが、声のエネルギーを上に向けること、或は、声のエネルギーが落ちないように保持するために
お腹を入れるように使うことが、身体使いの上から理解してもらえた。

コンコーネは17番~20番をみっちりと練習した。
元々、2点Fから上が喉が締まる、或は、声質が太すぎて声区の変換が出来ない状態だったのが、まったく自然に声区が微妙に変わって
非常に滑らかな響きになって見違えるようであった。
最後に、イタリア古典歌曲集から、Nel cor piu non mi sentoを練習。
まだ譜読み途上だったので、譜読み、イタリア語の読みを練習して終わった。

TF

発声は、今までになく高音が決まらず、再度の細かい練習となった。
意外なことだったのだが、発声上の身体の使い方で誤解があったことが発見だった。
「胸郭」と呼ぶ場所は、肋骨で覆われた肺がある部分の呼称。
だから、側腹とか、お腹とは全く違う。

お腹の部分だけで開いたり踏ん張っていても、胸が開かないことには、喉の開きも促進されないだろうし、
必然的にブレスも自然な呼吸の循環が行われ難いと思う。

胸全体を広げるように、気持ちよくブレスを入れることは、決して胸式呼吸とは違う。
声楽で良くない、とされる胸式呼吸とは、息を入れようとする力で胸郭を上げたり拡げることであって、
吸気動作とは関係なく、直腹筋(丹田)をへこますように中に入れることで、自然に胸郭が開くようにしておいて、ブレスをすることの違いである。

この身体の使い方が出来ると、呼吸動作とは関係なく、フレージングや下降形フレーズでの響きの保持に役立てられると言う面も大きいのである。
ディミニュエンドやクレッシェンドも同じことである。

これらの事とは別に、喉自体の使い方に関しては、もう今まで何度もやってきたことなので、理解は出来てもらえていると思う。
要するに頭声の作り方の問題が高音の発声に関係するので、これは、今まで通りである。

発声練習には時間をかけてが、かけただけのことがあって、曲の練習は順調だった。
今回は、日本歌曲を2曲。
「霧と話した」は、最初からピッチの良い、しかも喉のゆったりした、良い中低音の響きで始められた。
微妙なところはあったが、全体に落ち着いて歌えてよかったと思う。

次の山田耕筰「野ばら」
これが、今日は前回にも増して、声が不安定。
特に2点Eくらいで伸ばす音が、揺れてしまったり、はまらないために♭になる。
また、予想外にブレスがきつそうである。

頭声とは、決して声門が完全に開いている状態ではなく、声唇は微妙に合わさって、薄い部分でよく振動している状態と言える。

彼女の場合はむしろ、声帯が開きすぎているのではないだろうか。
頭声でも、もっと喉を繊細に合わせて響きを作る意識を持ってみること。
そのための、母音発声の考え方である。
オなどの縦に口を開きやすい母音発声の意識を極力排することである。
なるべくエ、少なくともアなどの母音で、声帯を微妙に合せて響きを作る意識を常に持った方が良いだろう。
但し、胸声の太い当て方ではなく、である。

NS

このところ大変調子が良く、特に発声練習では、ちょっとしたことで、良い響きの声が低音~高音まで満遍なく聴かれるようになりつつある。

ただ、歌になると、響きを集めようとする意識があるのか、すこし喉が硬い印象の声になっていた。
もっと広く響くべき声が、顔面だけで響いて終わっている印象だった。

喉を緩める、というべきか、やはり鼻腔に集めるだけではなく、喉をゆったりさせて、喉を開くが故に、共鳴する響きも大切にしたい。
特にこのところメゾソプラノの響きを追求していることもあるから、共鳴のポイントをもう少し低い深い場所も意識したいところである。

フォーレの歌曲、1曲目はDans les ruines d’une abeilleから。
太味のある、たっぷりした声の魅力が増して良かった。
ただ、最初は鼻腔から上だけで歌おうとしていたので、どうも響きが痩せていた。
喉を開くように発音することを教えることで、共鳴の広い響きが可能になる。

2曲目はSoirを。
これは、テンポ設定を前回は遅くしたが、今度はテンポがビートだけになってしまう。
絶妙なテンポで歌そのものは、今回の遅いテンポでも歌えるし、良い表現なのだが、ピアノのビートが出てくるのがどうも気になってしまう。それでテンポを長いフレーズで先に先に進んで行くようにお願いした。
多分、歌は歌いやすいはずだが、更にゆったりした音楽も捨てがたい味はある。
声の問題は、1曲目と同じである。ほぼ問題なしで、フォーレらしいゴージャスな世界が声で表現出来るようになってきた。

そしてフォーレの最後はNell
これもとてもよい結果が出せた。特に冒頭の部分から中間部にかけて。
中間部のメッザヴォーチェの声のピアノ伴奏による表現は、クオリティが高い。

注意点は、最後の高音。
どうもこの高音は、アペルトになってしまうようである。
さすがに、ここはきちんとチェンジする意識を持った方が良いだろう。
それから、母音がIだから、扱いを気を付けて。喉が締まらないように母音の意識をデフォルメすること。

最後のカルメン「ハバネラ」は、今日は良く練習した。何度もやり直しであった。
まずアリアの冒頭の半音階で進む有名なモチーフの音程感が、歌詞発音のせいで、聴く者の音楽的集中力が緩んでしまう問題。
特にL’amour est un oiseauxのEstに入るR絡みのリエゾンだ。
Uの響きからEに進む滑らかさを作るために、上唇の扱いには充分に熟練して欲しい。
要するに声の響きが完全にレガートに繋がって、ここの美しい半音で動くメロディを実現して欲しいのである。
そのことが最も大切なことであって、表面的意味での歌詞の意味を考えるとか、演技と言うことは二義的なことだと思っている。

ここは、歌手であれば完璧なレガートと柔らかい声で歌うことで、間接的に(音楽的に)カルメンのホセに対する誘惑のようなものを
表現出来るのである。
後はメジャーへの転調による音楽の違いは、ピアニストさんにお願いしたい。後半は、ペダルを効果的に使ってうまく使い分けていたと思う。