最近のオペラの演出には疑問符をつけたくなることが多い。
このところ、ティレジアスの乳房を勉強するために、この演目の動画をあちこち見ていて気になったのが、その演出と歌手の声。
このオペラの性格もあるが、演出が懲りすぎていること。
懲りすぎている、というか見せることにばかり頭が行ってると感じる。
このリヨン版は、サーカス一座をバックボーンに設定して、それが特にオーヴァーチュアでは、おもちゃ箱をひっくり返したような俗っぽい雰囲気が良くできていると感じる。
ただ、それならそれで、アリアとなるとどうもぴんと来ない。歌手勢は、みな良い声している人たちなのだが演出と声が合っていない感じ。
声だけは伝統的なオペラの声で、このオペラのキャラクターや新演出と合っておらず、どこか違和感を感じる。
それに、なぜこれほどまでにティレーズと亭主の間柄の雰囲気が暗くならなければいけないのか?良くわからない。
また、ティレジアスのアリアで、彼女のブラジャーが空中を飛ぶのも分からない。単に私が興味が無いだけかもしれないが(笑)
オリジナルは、乳房=風船が飛んでいくことになっている。(このアリアは、41分30秒辺りから始まる)
プーランクが初演のときに、この役柄に合った歌手がいなかったが、ドゥニーズ・デュヴァルにぞっこんほれ込んで彼女が大役をおおせつかった理由は、彼女の歌声を聞けば分かると思う。
昨今、ヨーロッパの本場も、オペラは客が減っているのかどうか?
オリジナルを再現しようとすると、客が来ないのだろうか?
プーランクのこの演目ならまだしも、最近の新演出ものは、ワーグナーやモーツアルトになると、うんざりさせられることが多い。
こういう現象を見るにつけ感じるのは、オペラは伝統芸能に徹すべし、と思う。
オペラ鑑賞に対する個人的な希望は、オペラが出来たときの時代性を肌で感じたいし、その時代にタイムスリップしたいのである。
リアルな劇の意味とか、現代に通じる普遍性の表現は必要ないと感じるし、あまり興味が無い。
日本で言えば、近松門左衛門の心中物を現代版リアリズムで見させられると、多分うんざりするのではないか?