私の声楽の恩師は、私が何か質問しようとすると、するっとかわしてしまう人でした。
記憶の中に、質問に答えてもらった記憶がない。
というのも、多分、発声のことだったからだと思います。
先生は、発声を生理学的に捉えて、そのまま教えるようなことがお嫌いでした。
むしろ言葉を大事に、いかに言葉の意味を音楽に載せて歌うか?ということに腐心しておられた。
そういう面で、要所要所で重要なことは言ってもらえた気がします。
というのも、今になれば分かることですが、当時は何を言われているのか?が分からない暗喩に満ちた言葉が多かった。
先生にしてみると、多分、すぐわかるようなことを言っても、頭でわかっただけで出来るわけではない、と思っていたからでしょう。
そのような経験をしてきたため、自分が指導するようになって心がけたのは、相手が分からないような言い方や言い回しはなるべくしない、ということに徹したつもりでした。
ところが、最近はどうも違うのではないか?細かく噛み砕いて教えても、相手は実は解った気がしているだけで、かえって本人が考えることをさせなくなってしまうのではないか?
教わったことで、一番心に残っているのは、まだ発声も何も良くわからずに、先生の門を叩いたばかりの頃、先生に「何でも良いから、あらん限りの集中をして歌ってごらん」と言われたこと。
今でも覚えているのは、その曲。フォーレのLes presentsという曲。
邦題「贈り物」です。
あらん限りの集中。これいつでも出来るようで、実は出来ていない、大切なことです。