夜の部の出演者も、緊張の面持ちながらコンサートを楽しんでいるように見えました。
それぞれに、ささやかながらも工夫を凝らし、また力を込め、あるいは繊細なニュアンスを出そうと努めている具合が、良く出ていました。
思ったように行った方、あるいは行かなかった方も、およそ10分ほどの演奏行為と同好の士の熱演によって、ひと時の魂の救済が実現出来たのではないでしょうか?
私はそんな皆さんを指導出来たことに、心からの幸せを感じました。
昼の部のリハーサルは朝の10:30くらいから始めて、10時間ほどの一日仕事でしたが、これほどの爽やかな仕事は他にありません。
やはりここでも音楽、というものの素晴らしさの一端に触れた気がしました。
動画は下のリンク先です。動画の下にある説明部分に、イニシャルでリンクしていますので、そこをクリックすると各人の演奏に直接飛ぶことができます。
各出演者の感想(イニシャル)
ISS TNA AS FT OM SM SA IA MT HA
ヴェルディ「6つのロマンス」より「日没」ロッシーニのオペラ「セヴィリアの理髪師」より「私は何でも屋」
今回はかなりな難曲でしたが、無難なうちに終われたと思います。最大の仕上がりを狙わずに、まずは本番に出しておくと言うコンセプトでした。発声も直前まで高音発声に課題が山積していましたが、火事場の馬鹿力というのか!本番の力はすごいもので、クリアできました。今後は、この高音の換声点の通過を覚えてください。現在の中音域中心の発声に一手間加えてやることで、音域はぐっと伸びるでしょう。
発声に工夫をしていくことで、レパートリーが大きく拡がるので、地道に続けて行ってください。
フォーレのレクイエムから「慈愛深いイエスよ」プッチーニ「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」
持ち前の集中力と練習の成果によって、難曲を彼女なりに仕上げた名演でした。難しい曲を良く歌えました。まず、安定して歌えた点を評価します。また、現状のか細い声を訓練し、ある程度の太さと芯のある声になりつつある点を評価します。しかし、総合的に歌詞の内容は背景に対する理解の深さが、良い集中に繋がっている点を評価します。
今後も、好きなものを取り上げて上達していく道を進むと良いと思います。
フォーレ「秘密」「愛の唄」ショーソン「時の女神」「エベ」
フォーレとショーソンの静かで地味な作風が続くプログラムでしたが、通して聴いていても飽きずに聴ける演奏でした。特にショーソンのLes heuresは、素晴らしいと思いました。
感情を直截に表現する意図が良く感じられて、聴くものを音楽の世界に引き入れてくれました。発声は、更にお腹から出る声、という概念を探求して下さい。
元々音程の良い歌声ですが、頭部や鼻腔の発声に偏っているように思います。地声を強く出すと言う意味ではなく、声の出し始めのポジションをもっと低く構えることで、声質をより柔らかく響く声を作ることができるでしょう。今後の課題とされてください。
山田耕作「からたちの花」武満徹「めぐり逢い」プッチーニ オペラ「トォーランドット」より「泣くなリューよ」
今回、リハーサルは大変良い出来でしたが、本番は待ち時間の長さと、練習が出来ないという理由もあり、声が本人の意図通りには行かなかった印象がありました。
あるいは緊張で上がっただけかもしれません。しかし、アリアの最高音は見事に決まりましたし、完調ではなくても音楽表現が出来ていたこと、あるいは本人の努力によって、ぎりぎりのところで表現しよう、というオーラが出ていたことを評価します。その上で、発声上は、喉を開けるということを、早く覚えるべきです。このことで、本番前の練習が出来なくても、歌いやすい声を得ることが出来るからです。
あるいは、重たい高音発声の後でも、中低音の発声に支障をきたすことがなくなります。何よりも発声を大事に、続けて行ってください。
モーツアルト「魔笛」夜の女王「地獄の復讐が我が胸に」ドビュッシー ヴァニエ歌曲集より「後悔」「アリエルのロマンス」
今回は、お得意の「夜の女王のアリア」から始まりましたが、ドビュッシーの中低音から高音まで幅広い音域を表現する歌曲も抱き合わせの、非常に凝ったプログラムでした。
心配されたコロラトゥーラのアリアの後の、中低音が綺麗に響いたことが、彼女の成長の証と思いました。
夜の女王のアリアは、大分前から聴いていたので、心配はありませんでしたが、リズム感と安定した高音が冴えていました。微妙な音程感と響きの不ぞろいはありますが、上出来と思います。
ドビュッシーは承知の上のことですが、発音が不明瞭な点を、これから明快にして歌えるよう、訓練を地道に続けてください。一つの言葉を徹底して精進することで、他の言語にも応用が利くようになるでしょう。
プーランク歌曲集「あたりくじ」
曲が持つ慈愛に満ちた、優しい雰囲気が良く出た演奏になりました。聞きながら、正にプーランクの音楽だ、としみじみと思って聞いていました。また、子供に歌い聞かせるような慈しみ深い雰囲気が出ていたと思います。発声についてですが、レッスン時に比べ、以前のように喉を掘った傾向が出てしまった、と思いました。これは、たぶん雰囲気に呑まれたからではないでしょうか?雰囲気で歌わないで、良い声で歌えば表現は自然に出ると思ってください。今、レッスンで挑戦しているのは、声の響きをもっと高く前に出すことです。低音が出にくいために、喉を深くして出す癖があり、矯正してきました。この発声法を、今後も継続して練習して行ってください。
グノー「二羽の鳩」「遠くの人」三善晃「栗の実」「貝がらのうた」
グノーの歌曲は、彼女の音楽性と雰囲気とともに、フランス音楽が持つ品格のようなものが伝わりました。そして三善晃の2曲は、とても良い演奏でした。調子が今一つだったようですが、メンタルな部分も大きいですが、それをカバーするのが発声法の会得になります。逆に見ると、発声法の良し悪しで、本番の調子の安定度が決まります。
発声の大切さを改めて良く認識して、今後も練習を続けて行ってください。
ドビュッシー「忘れられたアリエッタ」より「そはやるせなき」「木馬」シャミナード「愛のとりこ」ラフマニノフ「夜の神秘な静けさのなか」
いつもながらですが、軽やかさや洒脱さのようなものが横溢した名演でした。近代のフランス歌曲は、彼女の持ち味にぴったりではないでしょうか?
その意味では、もう少し小さめのホールの方が向いていた気がするプログラムでした。声が届かないのではないですが、演奏イメージにそのような要素があるのではないでしょうか?
今後は、ルーテル市谷センターくらいの広さのホールに向いた、バロックのアリアやカンタータ、モーツアルトのアリアなどもレパートリーに加えて行くと、声の可能性を拡げて行けると思いました。
プーランク「いなくなった人」「アンナの庭で」「もっと速くいこう」「肖像画」
前回もプーランクの歌曲で素晴らしい演奏になりましたが、今回も同じくオール・プーランクで、素晴らしい演奏でした。「いなくなった人」は、内容が内容だけに、もう少しシャンソン風に直截な感情表現が出た方が良いと思いました。「アンナの庭」は、各節の変化が大きく出せるとより良かったですが、良く表現していました。「もっと速くいこう」は、直截な表現が感じられて素晴らしかったです。「肖像画」はピアノのブリリアントな響きと共に、これも難しいがプーランクらしい洒脱さが感じられました。高めの声は、もう少し太い声を覚えられると、より表現力に幅が出ると思います。今後も、期待しています。
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ミュージカル「スカーレットピンパーネル」より「あなたを見つめると」イタリア古典歌曲集より「さようなら、コリンド」プッチーニ オペラ「つばめ」より「ドレッタの夢」
プログラムがミュージカルからバロック、そしてヴェリズモのアリアと振幅が大きかったですが、違和感を感じさせないステージでした。ミュージカルも、低域の多いメロディを上手く処理して日本語の歌詞を明解に歌えたこと。それを、200名のホールで過不足のない表現が出来ていました。バロックアリアも、テンポ感のよさと声の明瞭さが光っていましたし、「ドレッタの夢」も、きれいな高音発声が良かったです。
確実で安定したステージを成立させられることでは、アマチュア離れなレベルと言えますが、出来れば「声楽演奏」が持つ声を追及したクラシカルな演奏をも、これから手中に入れて行っていただきたいです。