- 感じるということを、別の言い方で表現すると体験です。作曲者は体験したことを楽譜に記すわけですから、演奏者はそれを追体験しなければなりません。ここに感じることの意味があると思います。 10:46:58, 2018-05-07
- 間違いなく、みっともないこともなく、ポーカーフェースで演奏できても、その人が感動していない演奏は虚しいでしょう。聴いていて感動できる演奏とそうでない演奏の違いは、これが大きいです。 10:52:32, 2018-05-07
- 奏者のしてやった!達成感と音楽への共感や感動とはまるで別物でしょう。お客さんは奏者の達成に拍手するのではなく、奏者の感動で生まれた音楽に共感できるから拍手するのだ、と思いたい。 10:55:48, 2018-05-07
- 演奏者のレパートリーの好き嫌いが大きいとすると、それは技術力の狭さに起因することです。それで食べていけるくらいなら、その狭さも好ましいことかもしれませんが、技術を拡げる開発をしていくことは楽しい作業になるはずです。 12:12:22, 2018-05-07
- 器楽に比べると声楽の評価基準を考えるのがとても難しいということに今さらながら気づいた!つまりオリジナルのプレイヤーに限りなく近い演奏(声質や歌唱法)を最善とするのか?だとすると耳だけで判断するのか?目から入る情報は一切シャットアウトするのか? 15:13:30, 2018-05-07
- 器楽演奏の場合は、目に見える楽器を媒介として、それを操る人間の音楽という見方が出来る。一方、声楽はあくまで人間そのものしかない。だから人間存在そのものが演奏形態を規定するということ。難しいね(笑) 15:56:14, 2018-05-07
- 身体の筋肉は部分で独立しているのではなく、すべてが相互作用的につながっていると考えたほうが、発声や呼吸法や器楽のための体の使い方が良く分かってくると思います。 18:42:23, 2018-05-07
昨日のアトリエムジカCのツイート2018-05-07
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