昨日は合唱だった。アイルランド民謡を混声でやっている。
また、スペインルネサンス期の大作曲家ビクトリアの宗教曲を 譜読みした。
ぼくにとっては、馴染み深いルネサンスの響きだけど、今更ながら どうして、日本ではキリストの宗教曲に人気が集まるのだろう? と思った。
ただ、きれいに歌えば歌うほど何だか空虚な感じがして仕方がない。

今日はレッスンが二人。
からたちの花。
それにしても、どうして楽譜に細かい指示を入れるのだろう?
とても良い曲だと思うけど、難しくも無い物をわざと難しく見せているように思う。
松葉マークが一々フレーズごとに入っていたり、ごていねいにSotto voce、、まで書いてある。
細かい指示を入れない人もいるし、いい加減な作曲家もいる。
ぼくは、いい加減だったり、指示を細かく入れない作曲家が好きだ。
自由に歌えばいいじゃん!と思う。

作品の価値は作曲家の力によっているけど、出来あがったものは すでに作曲家の手を離れて存在している、と思う。 山田耕筰の曲も、声楽家だけでなくて歌謡曲の歌手も歌ってほしいと思う。
山田先生は草葉の陰で怒るだろうか?


戻る