彼女には初回からちょっと厳しいレッスンだったかな?
とてもナイーブな感性のある方なのだが、単に喉の使い方身体の使い方がまだ出来ていないので勿体無いな、という印象を持ったことによる。

感性とか美的センスというのは、やはりある手段を持ってこそ、表現になりえる。
声楽の場合、単純に身体を楽器に仕立て上げないといけないので、理屈ぬきで身体に対する感覚や、そのためのイメージの持ち方を確立することが急務であると思った。

高校時代から少しずつ声楽を続けてこられたという方。
大学は音楽学を専門とされたが、声楽はブランクがあるそうである。
第一印象はすらっと背が高くて首が細く華奢な印象。
Intime & Intelectuelle

声の印象は、声の当りとブレスを含めたお腹、身体の使い方がもう一つ。
喉としては、一番高いチェンジの声のまま一番低い1点Cまで統一しているので、単純な話として中低音が出ないと思う。
また、良い意味で喉や舌が脱力しているのだけど、それがやや過ぎているという印象。

例えば、低音からイの母音で上がるともう少し声喉が当るものだけど、
イという発音自体、口を開き気味にして、舌も力まないとうか、丸まらないので当らない響きである。
なぜか?というと、普通はイだと声帯が閉じ気味になるので、こちらが四の五の理屈を言わなくても当った中低音を出すとっかかりになるのだが、その傾向も少ないことである。

お腹は使っているのだが、ブレスが浅いというか高いポイントのために、これも声が当たらないことと細くなってしまう原因だろう。半音ずつ上がる発声練習の場合、ブレスで顎を度々上げてしまう。
これでは、ブレスがきっちりあるべき筋肉を働かせられないだろう。
逆に言えば、顎を上げない、顔を動かさないことで、必然的に身体の下半身を使うようになるだろう。

ということで、まずは喉の当りを付ける練習から。
地声の領域から、出して昇っていく。自然に声がチェンジするまで我慢する。
そうやって、喉が太い振動をすることを感覚的に覚える。

それから、もう一度チェンジした声で母音で練習。
声は当たりだしてきた。ただ、響きは低い。
だが響きが低いとしても、太く当ることがまず出来るか出来ないか?ということが今は大切にしてほしい。
その上でその当った響きを高く持っていくという順番になる。これは中低音域の話。

最後にハミングをやった。
ハミングも、まずは太く当てるために、胸にしっかり当てる感覚で。
そして昇り音形は、上に行くほど前に前にと持っていく意識を。
そのことで、必然的にお腹を積極的に使うようになるだろう。

最後にイタリア歌曲中声用で、Tu lo saiを歌ってもらった。
発声では大分声に当りが付いていたが、歌詞を付けて改めて歌うと、最初の印象に戻った。
綺麗に綺麗に歌えているのだが、いかにせん、声楽の命である、息が声に変わるということがまだ出来ていない。
何か、小さなガラスケースに入った綺麗だけど小さなミニチュアのよう。

彼女の大切に大切にしているものが、そこには込められているのが良く分かるのだが、せっかくの美しいものだから、恥ずかしがらずにもっと大きくしてみんなに見せてあげようよ、さあ、そこにいないで、こっちに出ておいで!
と手を取って言いたくなる。

前述のように、顎を上げたり顔を動かして胸にブレスをしないように。
側腹をほんの少し膨らませて、声を出す時に底から出すようなイメージ。
そして、出している間、そこが更に膨らんで行くように。
これは、前腹、下部のいわゆる丹田の場所が、中に入っていくような使い方である。

お腹が出来ていると、逆に声は前に前に出て行くイメージとなる。
お腹と声は胴体を軸とした、丁度逆の向きに行くようなイメージとなる。

それから、お腹を使って息を吐き切ることで、次の自然なお腹のブレスを促すためにフレーズをなるべく長く取って欲しい。2小節ではなくなるべく4小節である。
最初に歌ったゆったりしたイメージというのは、彼女の場合2小節単位のブレスを基準にしていたから、息を半分も使わずに、小さな音符単位で声を当てているだけという歌唱になってしまっていたきらいがある。

これで、まずは息の通った流れのある歌唱にはなった。
まだ、母音や子音、アーティキュレーションと発声の関係が残るので、この辺を解決しないと、未だ声の良い当りが出てこないと思う。

というわけで、あっという間に時間の経った1時間弱のレッスンであった。
彼女のようなタイプはよく理解できるので、教えることには甲斐を感じるのである。
彼女にとって見れば、恐らく具体的な声楽の技術向上も大事だが、それ以上にそのことを通して得られる彼女が持っている、他の可能性、別の面が育つことを見守る育てていくことが楽しみだ、といっては失礼だろうか。
せっかくの声楽の趣味であれば、そういう方向までをも照準に入れて続けて行って欲しいと思う。

なかのさん

今日はまた一段と良い成果であった。
このところ、声を出す時の力の抜き具合、加減が大分身に着いてきたように思う。

方針としては、歌う場合に最低限必要な部分で、彼がまだ開発していない部分を、もっともっと伸ばして行くという考え方であり、当初から指摘している悪い癖を直す、正すという考え方を最近は取らないようにしている、つもり。

というのも、癖を直そうとするとどつぼにはまって、かえって良い結果が出ないのである。
それよりも、彼がやっていないことをやらせることで、必然的に彼自身が悪い癖を出す肉体的な要素が何処にあって、どうしているか?を感じることが出来るだろうと思うのである。

彼がやっていないことで、やること、というのは、口から下、喉側の方向の筋肉ではなく口から上、軟口蓋から上の方の筋肉の使い方である。
いわゆる引っ張り上げることである。

引っ張り上げれば喉が上がるから、単純にそのことだけをやろうとすれば、声がおかしくなる。
しかし、引っ張り上げることに対して、喉側の下げる意識が拮抗すると、意外と良いバランスが生まれることに、彼が徐々に気づき始めているといえば良いだろうか。

ただ、どちらかといえばやはり上側の引っ張り上げること。
響きで言えば、頭の中に声を当てる、突き上げる意識である。

下降形で高音から下がる音形は有効で、頭よりも高い位置を狙って声を放る意識が大切である。
そのことで、声が出だす瞬間の場所が喉ではなく、もっと高い位置がイメージされるようになると大成功だと思う。

そういう意味では、今はレガートよりもスタッカートなどの練習が向いているだろう。
なるべく下降形で高い所から始めて、最後に低音から上向形という順番も良さそうだ。

曲はフォーレのマンドリンから。
一通り歌ってもらって感じたのは、声そのものもあるが、それ以上にフレージングの問題を感じた。
音符を置きに行っているだけ、という印象が強いのである。
単に譜読みの問題かもしれないが、譜読みから全体的なことが始まるのある。

例えば、Les donneurs de serenadeと歌う場合に、donneurs のDoは息を当てるエネルギーが感じられるべき、とか、当然Serenadeの伸ばすNadeのアは息を吐いて行く強い意識が欲しい。
次のEt les bellesのbellesのエの母音もちゃんと吐いている意識が持てているかどうか?
次のEchangentの鼻母音も同様に。

という具合にあらゆるところに、言葉の意味とそれに呼応した声楽的な息の強弱とその滑らかな扱いか?切るのか?という違いなど、楽譜に書いていないことだらけとなる。
こえらの下地は言葉の朗読から来るが、フォーレの場合それが音符に一致していないことも多いし、リズムと呼応していないことも多い。
ただ、それらがある程度声の表現に出てこないと、まったくのっぺりと、音符を素朴に読んでいるだけ、という歌になってしまうから要注意である。

次にLes berceauxを歌ってみた。
こちらは、比較的素朴に旋律を歌い上げれば、らしくなるので、そういう意味では難しくない。
むしろ、彼の声はとても音程が良くなり、無理がなくなったという印象。
特にこの曲の最高音が、実に綺麗に無理なく出せていたのが印象的だった。

最後に歌ってもらった「幻想の水平線」「海は果てしなく」も無理がなくなり音程が良く、音楽が良く分かる歌唱になった。
後は、歌詞を付けて歌うと響きが前に出ずに、中にこもり勝ちなので、前に出すための練習が更に必要だろう。今日はLe(レ)で母音唱法で練習。

この調子で今後も練習を続けて欲しい。良い傾向になってきた。