発声を始めるとそれだけで終わってしまうので、ほどほどにして歌に入った。
これから少し気をつけて欲しいのは、高音域を出す際に音程をずり上げる癖。
高音域で当った響きをしっかり出すためだろうか。
音楽、声楽作品は、様々なジャンルが広い時代にわたってあるわけで、レパートリーが固まっていないのであれば
なおさら、器楽的な声の扱いを徹底して覚えて欲しい。

基礎的は発声の方法から初めて構築していく方法もあるが、少々時間がかかる。
例えばハミングをきちっとして、音程を正確にアタックすること。
高音域もきちっとハミング出来ること。
そこから母音を出して、徐々に声量を増していく、というような方法。

彼女がフランス語の曲、フォーレの「夢の後に」オリジナルキーを持ってきたので練習となった。
図らずも、器楽的な声の訓練を狭い音域の中で確立していくのは、良い教材となりそうである。
フランス語も適応力がありそうだ。

その後高声用でもやってみたが、いずれも響きを考えるあまりに、響きが中にこもって前に出てこない状態になってしまっている。
鼻声傾向ともいえるが、どうも良く分からない。
響きを高く集めようとしているようにも思える。

とりあえず、舌を出して母音だけで発声をやってみると、声がストレートに出てくる。
このストレートに出てくるということは、ともかく喉がリラックスしているから、この状態で発声を覚えてもらって
フランス語にして歌う練習を続けた。

フランス語だから、ということで何となく喉で作って歌ってしまう面もあるのかもしれない。
フランス語は喋る言葉を聴くと微妙な響きに感じられるし、確かにそういう面もあるが、歌声のフランス語は
特別視しない方が正解である。
母音発声は同じである。
狭母音、開母音、複雑な中間くらいの母音、と3種類+鼻母音が加わるが、歌唱と言葉は違う。
歌唱の場合、コアになる発声の部分がきちんとしていれば、後はいくらでも応用が効くのである。
発声の基本が出来ていないうちから、発音の正確さのみに拘泥すると、発声そのものに問題が出てしまうだろう。
逆に言えば、初心者がフランス語の歌を覚える場合、発音より発声である。
ただし、発音がどういうものか?は頭で覚えておく必要があるし、そういう指導をきちっと出来なければ教える資格はないと思う。

フランス語に限らず、今は発声を考えるのを止めても良いくらいである。
とにかくお腹からしっかり声を出すこと。
口とか喉とかその辺りで何かをしようとしないことである。
舌を脱力することと、声を前にはっきり出すことだろう。
この回路が出来てきたら、また発声のディテールに戻りたい。

いわさきさん

彼女は声楽を始めて10年だそうだ。
元々センスがあるというか、表現力のある方なのだろう。
現在の彼女は高音がちょっと厳しいが、歌う表現力には素晴らしいものがある。
まず、どう歌いたいか?という姿勢がはっきりしている。
多分、その分趣味もはっきりあるのかもしれない。
ただ、自分の世界に良い意味で入り込む敏感さは、人並み外れてあるほうだろう。
そういう意味で歌手に向いた方だと思う。

さて、発声練習を始めてみると、良く響く中低音に対して2点F以上になると喉の開きが必要以上に強く徐々に出しづらくなってくる。
重い声というのではなく、単に開きすぎるのである。
そのため息盛れも大きい。

ただ、彼女の声を扱うセンスは非常に良い。
高音も確かに喉で押す意識はなく、息を使ってレガートに歌いまわそうという意識は良い。
ただ喉を開いてしまえば、必要以上に息を強く出さなければ高音にならないから、その分苦しいだろう。

口の使い方だけでも良いが、今持っている発声の癖、口を縦に伸ばすような使い方を少し減じて、
もう少し横に使うようにすることで、声帯が開き過ぎずに当った高音になってくるだろう。
もう一点は、軟口蓋をもっと上げる意識を持つことである。
上唇、頬、こめかみ、上顎、といった上顎から上の顔の筋肉を良く使うことである。

逆に言えば、すぐに使いたくなる下あごをなるべく我慢して、使わないようにしてみることでも良い。
下あごを使わないことで、上顎から上の筋肉を嫌でも使うようになるだろう。
どちらも使うべきなのであるが、現状から脱して当った自然な高音を開発するために、バランスを取り直すと考えてほしい。

また、中低音の響きはメゾ的な美しいものだが、今後はこの2点F以上の高音を作り、そこから中低音を規定していくという方向が
今の彼女には良いだろうと思う。
声域は上も下も相補しあっているから、中低音が変われば高音も変わるし、高音が変われば中低音も変わるだろう。
彼女の場合は中低音が出来上がっているからこそ、高音を作ることで中低音が変わってくるのではないだろうか。

ベッリーニ「夢遊病の女」から、Ah non credea mirartiを低声バージョンと高声バージョン二種類で歌ってもらった。
結論から言うと、キーの高さはあまり気にならない、前者はメゾ的になるし、後者はソプラノ的だ。
非常にエスプレッシーヴォな歌いまわしで感心した。
ただ、ややテヌートとルバートが強くて、やり過ぎの嫌いがあったが、好感の持てる歌唱。
惜しむらくは最後の高音がどちらにしてもきつい。

どうなるか?というと、下あごを下げるのが過ぎるために、喉が開きすぎで顎や舌根が力む割に高音が出ない状態になってしまう。
それでも息を強く出すのでなんとか出るが、当らないし息漏れが強く、響きがかすかすしてしまう。

これは次に歌ってもらったモーツアルトの伯爵夫人のDove sonoでも同じである。
それにしても、テンポ感、レガートな声の扱いは感心するくらい、丁寧でありまた情熱的な歌を歌う人である。

下あごを下げないで我慢し、やや横開き気味でお腹はきちんと入れて息を高く送る、頭の中で歌うような感じで高音に対処してほしい。
また目を見開く、こめかみを縦に伸ばす、頬を上げる、という具合に今まで使わなかった顔面上半分の筋肉を良く使って、上を開ける
努力をこれからしてほしい。
軽いが綺麗な高音の出る喉を持っているはずだから、必ず上手く行くようになると思う。