きくちさん

発声は声慣らし程度。
中低音から高音は2点bくらいまでに。
中低音本当に磨きがかかって明るい良い声になった。

音程も良いし、不要な声の揺れもなくなった。
高音のチェンジも重たくないし、高音まで滑らか。
最高音部も上手くチェンジ出来ていて、軽く負担のない出し方を覚えたようである。

声の印象は非常に健康的であり、彼女の心身や体調の良さ、節制の良さを感じる。
心根が素直で気持ちが純粋で気がしっかりしている、と3拍子揃っている。
これが彼女の声楽家としての美点だ。いや声楽家でなくても美点だろう。

今日はどちらかと言うと、私の指揮の練習とピアノの練習になってしまったかもしれない。
早速ラヴェルのマラルメの3つの詩を練習。
1曲目の出だしは低いので、彼女のようなソプラノは逆に緊張すると思うが、気にしないで思い切りリラックスして喉も楽にして、低く自由に出して欲しい。
緊張したり、響きを高く上げようと意識すると逆に声が揺れて、不安定になる。

前半が4つ×2の振り方なので、気障りだろうけど、あまり見過ぎないで歌うことも大切ではないだろうか?

2曲目は非常に良く歌えていると思う。
声もリズムも縦横に柔軟に扱えていて、こちらも棒を振っていてやり易い。

3曲目はこちらも難しい。
特に中間部の4分音符=40をどう扱うか?
なるべく重さを忘れないで、テンポを扱いたい。
歌も、ビブラートをつけないでどっしりと落とした声で、中間部を歌って欲しい。
後半の低音域は非常に上手くなって、表現が出来ている。

この曲は恐らく初め良ければ終わり良しで、特に1曲目の前半の声のあり方、テンポ感を良くイメージして練習しておいてほしい。

シェラザードを最後に通した。

全体に歌の発音が明瞭になり、語る力が増してきた。
そのため歌っていても歌詞が明瞭に聞き取れるようになった。
強いて言えば、中低音域で、開母音ア、エや広いオなどが狭母音化する傾向が強いので、意識して広い母音をあらわして欲しい。
そのことで、歌詞が明瞭になるが、それよりも声の音楽性に深みと広がりが出て立体感が倍加するから。

1曲目は長大な曲だが、全体の構成感、テンポ感はどうにか落ち着いた印象である。
ピアノは後は細かい音符の扱いをもっともっと丁寧に、美しく処理して欲しい。
後半の四分音符=40のアルペジョの間奏部も、もう一度テンポとピアノのタッチ、運びを確認して欲しい。

2曲目は出だしのピアノのトレモロ。特に左手が低いので無批判にソフトを使うと
どうもこもった共鳴が出て、この曲の爽やかさが半減してしまう。
そして右手に出てくる追分節のメロディ、テヌートを良く生かして、良く歌って欲しい。

3曲目が一番難しい。というのはピアノ部の話。
全体的な雰囲気、そのためのテンポ感というのは、もうイマジネーションの話なので、こればかりは教えようが無い。
というと仕事を放棄してしまうのであるが、波の様に揺れる左手の和音の連なりは、繰り返しているわけで、この
8分音符で繰り返す和音を弾く気持ちよさ、それは波の少ない海岸でゴムボートか浮き輪に腰を沈めてぶ~らぶ~らと
浮いている気持ちよさである。
最後に出てくる特徴的な切れる音、その効果、などなどもう一度楽譜を良く見直して、研究して欲しい。

歌の方に関して言うと、このゆったりした官能的な曲は、言葉を良く慈しむように、美味しい食事を楽しむように発音して欲しい。
そのために、冒頭に書いたように、特に開母音の気持ちよさを感じて、発音して欲しい。
A,OE、Eなどの発音、OEはOではなくOEである。Jeuneの発音、Comme、Est,Visage、Levreなどなど。
日本語よりも数段明快にそしてその発音を楽しむことが、音楽に繋がることを分かって欲しい。

既にして良いキャラクターと美しい声の持ち主だから、それだけに埋没しないで、言葉の重要性を分かって欲しい。
そのことで、プラス知性の光り、美しさが付加されるだろう。
そうなってこそ、本当の歌手の価値が出てくると思う。

いわさきさん

彼女は発声練習がどうもお気に召さないようで、集中力に欠けるようである。
そういうタイプの方を相手に、どうやったら発声を勉強させるか?という知恵、方法もこちらの仕事だ。
発声は確かに面白くないのである。
これは本当に難しい。

強いて言えば、もし歌っていて発声が上手く行かない場合があるならば、その原因を探るきっかけとしては有効な手段だとはいえるだろう。シンプルな音形だから、分からないことも話が早い。

それはともかく、発声練習は同じことの繰り返しだが、音を繋げて行く中で、顎を自由に使うことは覚えて欲しい。
顎の使い方が下に降ろすだけで固定的なために、チェンジ領域に入ると、喉がどうも突っ張ってしまい、開いてスカスカして喉っぽくなる。
こういう場合、例えば顎の下げ方を変えてみる、とか、横開きにしてみる、などということをわざとしてみる。
そうすると、声はどう変わってどうなるか?
簡単すぎることをやれるおかげで、身体的な変化を素早く知るきっかけになるだろう。
そういう材料だ、と思って欲しい。

今日は曲はアリアから。ドヴォルジャークの「ルサルカ」のアリエッタ
こちらが口を差し挟む余地がないくらい、音楽が出来上がっている。
チェコ語は分からないので、文句のつけようが無い。
高音も綺麗に出ている、というわけで万歳状態。
指導者放棄状態。

声の勢いも発声練習がどうした!と言わんばかり。
本当に音楽になると人が変わるくらい集中出来る、ある種のセンス、のある人である。

それはフォーレの歌曲を歌っても同じで、記憶にある限り確かに最初は声の扱いに生堅さというか
ひっかかりがあったのだが、すっかり取れて高音域も非常に繊細に扱っている。

恐らく2点Fから上の声の使い方のコツが分かってきたのだろう。
例えばNotre Amourの最後の2点bなどは、20代の娘さんの声である。
これは悪い意味ではなく良い意味である。
若々しい。その上で成熟した中低音があるから表現力に幅が生まれる。

彼女は前回の私の速いテンポからヒントを得たようで、今日は素早いテンポ感で
この曲の若々しい、ドキドキ感を上手く表現しようとしていた。
最後のページなど、こちらもドギマギするくらいに、エキサイトして歌っていた。
多少リスキーでも、良い子ぶりっ子みたいな演奏よりも、このような演奏の方が魅力的で人を惹きつけるだろう。

「蝶と花」は、伴奏の持って生き方でいかようにも歌える。
これは伴奏者との合わせがとても楽しみであると同時に、伴奏者の責任重大である。
19世紀のサロンを思わせる、スノッブな雰囲気を再現出来るか、野暮ったくなるか?
有節歌曲だが、3番は指示がAnimatoとあるように、突然早くなって、そのまま終わるというのが粋で良い。
粋に演奏しなければならない曲である。

「月の光」もテンポ指示の四分音符78というのは実はかなり速い。
というのも伴奏が細かいので、そう感じるのもあるが、実はこの曲の持っているものが、
ザワザワとした、心の空虚感にあるのだ、ということを彼女の演奏は教えてくれた。
ザワザワして、どこか落ち着けない気持ち。
そこに孤独感と月の光のある静かな冷たい風景がないまぜになって、得も言われない世界が出現するのだ。

非常に感性の鋭い方で、センスがある。
私ができることは、彼女の素材としての声を生かしてあげる手伝い、きっかけを与えることなのだろう。
ほとんどのことは彼女が一人で作っていけるのだから。

本番への今出来ることは、もう一度歌詞を良く読んで意味を掴んで欲しい。何となくではなく具体的にである。発音していて無意識にその言葉の正しい意味が発音に反映されるくらいに、である。
そのことで本当の暗譜と集中力が生まれるのではないだろうか。