発声練習は声を暖める程度にして、早速伴奏合わせを始めた。
イタリア古典の「すみれ」から。
破綻なく歌えたたが、口先だけで歌っている印象。
譜読みあるいは暗譜が確実でないのかもしれないが、発声で大切な喉を開ける意識がほとんど見られない。
頭声だけを意識しているのだろう。

もっと平たく言えば口の中をもっと大きく感じて、発音、発声し、響かせる意識を強く持って欲しい。
特に意外と細かい音符ほどきちんと響かせる意識を持って欲しい。
特にエとかアが、単に口を横開きにしてしまうことで、喉の開きの足りない響きになっている。
それから、フレーズの終わりが、彼女の当初からの癖だが抜いてしまう癖である。

まだ本番まで時間があるから、まずはゆっくりのテンポで練習して欲しい。
勿論、喉の開いた共鳴のある響きを確実につけて歌うことのためである。
このことは、今日やった3曲全てに言えることである。

2曲目のベッリーニのMa rendi pur contentoは、合わせのテンポが速すぎたので、もう少しゆったりとである。
ピアノは、特に中間の短調に転調したところから、再現部へ戻る和音から響きを強調して、転調を強調したら
そのままひたすらクレッシェンドで後半のさびまでぐいぐいと持っていって欲しい。
カデンツの声を伸ばした後の16分音符は倍くらいの音価にして、ゆったりと終わる方が綺麗だ。

「ファウスト」ジーベルのアリアは、何と言って軽快なテンポ感が身上。
指示通りの四分音符=88が良いと思う。

ただし、練習段階では上述の声の響きを確実に出すことを練習して欲しい。
それが8部どおりかなってから、テンポで練習すること。
特に冒頭のフレーズの食いつきは、再現部も共に、遅れないように素早く食いついて欲しい。

中間部のレシタティーボ風のところは、テンポどおり数えるのではなく、伴奏との掛け合いで語るように。
リズムで数えていると、間が悪くなる。ここは歌というよりもお芝居なのだから。

声のこととしては、中低音で響きが落ちないように。
発声では上手く処理できているが、歌になると力んで押してしまうために、しばしば音程が♭になるから気をつけて欲しい。
高音は今の段階では良いところに来ているから、後は中音域でくれぐれも開いた響きを確立して欲しい。

いわさきさん

彼女は段々しっかりした響きが出るようになり、いわゆる声量的なものが感じられるような声の出し方になってきた。
今日はそれを強く感じた。
こちらが、細かいことを気にするな、と言ったことに端を発しているのかもしれない。
確かに、よく言えば丁寧な歌唱を意図的に避けて、おおらかに声を出すことに集中しているように感じられた。
それは、どの曲もである。

毎回一応発声練習をしているのだけど、歌唱とのつながりや自身の感覚的なことで、発声練習があまり面白くないのだろう。
これは人それぞれで良いと思う。と、彼女の場合は思う。
というのも、発声だけが声楽の目的なのではなくて、何を歌いたいか?どういう声で歌を歌いたいか?というモチヴェーションから
練習方法は規定されるべきだ、と思うからだ。

それも、まるで発声を知らない人ではなく、アマチュアと言えど曲がりなりにも10年続けてきた人である。
また、それなりの技術的蓄積が自然にあるし歌のセンスが良い。

そういうものを全部壊して、あるいはよけて発声練習で形而下的なスキル云々をやっても仕方ないではないか。
そんな暇があったら、曲をどんどん歌ったらよい。その中で問題意識を持ってもらいたい。
それで必要を感じたら発声練習をすれば良いし、あるいは古典的な練習曲集を課題とするのも良いだろう。

問題点をほじくり出すより、彼女の良いところをもっと伸ばしたい。
あるいは自然に持っているセンスが良いから、その感覚で自然に声が伸びるための手助けを出来ればよい、と思う。

というわけで、発声もあまり高音を無理に引っ張らずに中低音域中心で声を温めた。

曲はアーンのL’heure exquiseから。
前回とうってかわって、出だしのフレーズの声が響きが高く、また声も良く出ている。
綺麗なのだがビブラートが出るために、ちょっとにゅあんすがつき過ぎかな、と思い、ノンビブラートを推奨した。
声を高く前に集めて後は真っ直ぐ歌うだけである。
逆に言えば、真っ直ぐ歌おうとすると、響きが前に集まる、とも言えるだろう。

ここに彼女の声が別のカラーを持つヒントがあるのではないかな?
彼女の今の歌声というのは、開いた声だ。
それは、喉を開け軟口蓋を良く上げて、息を良く混ぜた共鳴のある響きである。
だから、声そのものの響きを集めて遠くに飛ばすのではなくて、響きを後ろから上に反響させることで、逆に遠くに通る声を実現している、と思う。どちらかというとである。

さて、アーンは、前述のように全体にわたって、意識的にニュアンスをなくした歌い方の方が雰囲気だと思う。
そして高音は自然に、PPはPPにこれは彼女の独壇場だろう。

グノーのL’absentは本当に良い歌を歌ってくれる。
彼女の歌でピアノ伴奏を弾くたびに、涙がこぼれそうになる。
それほど切々と歌う冒頭の出だしは、素晴らしい。

今日の彼女はいつになく、冒頭のフレーズの声量があった。
恐らくこれから、この声量、声の力が増してくると、今までの彼女のスタンダードがもう一段上がるのかもしれない。
そういう意味で良いと思うのだが、今回のところは、その声量のキャパシティーをこの曲の後半に出てくるクレッシェンド部に余力を残して、冒頭を歌い出す方が効果的ではないだろうか?とも思う。
ただ、冒頭の歌いだしは非常に印象的なので、あまり抑えてしまうのも弱い感じがして難しいところだが。。

中間部で転調したところは、少し喉を深くして響きを深く中の響きにすると、転調の効果が出るだろう。
その後の再現部からまた声を戻して後はクレッシェンドとなる。

ところでこの曲は男歌だが、女性が歌う方が美しいと思う。
男性がこんな歌詞をこんな歌で歌うなんて、太い野郎だ!と同性としては思う。笑
と思うのは私が男性だからだろうか?
女性にこの歌をこんな風に歌われて、それでも彼女を捨てる野郎なんて、きっと人間の屑だ!とすら思えるほどである。

ビゼーのChanson d’avrilが前回よりも更に前に進んで盛り上げる歌が歌えるようになっていた。
そのことと、ブレスの間合いの取り方、そのためのリタルダンドの処理がとても上手くなっていた。
これならもう後は言うことがない。
それに、驚くくらいクレッシェンドの積極性がある。

こちらのちょっとしたサジェスチョンでとても変わっていく彼女は、非常にトライアルな積極性があって好ましいし、良く勉強していると思う。
伴奏合わせが非常に楽しみな状況である。