発声は2点Dから下降形で始めたが、声のチェンジの問題がほとんど気にならなくなっていた。
試みに下から上がるパターン、ドミソやドレミファソなどもやってみたが、2点C~Eくらいで力んで喉で押す声がほぼ消えていた。

中音域、1点F~2点Cくらい、開口母音がやや浅いので、ウの母音で練習。
自然に喉が下がるので、その状態でアの発声をしてもらう。
単純な母音であれば、舌などの余計な関与が少ないから、と言う条件の下では
彼女の発声は喉の深さが少し欲しいところ。

しかし実際に曲で歌うとなると、特に発音との関係だと思うが、舌が力むのかもつれるのか、言葉の発音そのものと関係して発声が中にこもってしまう傾向がある。

この辺が発声と実際の曲との乖離が大きいところ。
発声練習では喉の深さをあまり意識しない方が良いのだろう、と思った。
それよりも、芯のある中低音と高音でチェンジする頭声が混ざった中音域が出せるようになってきているのが大きい。

今日はアーンのChansons grisesを練習。
いずれもフランス語発音の明瞭さを大切にしてほしい。
歌うよりも、朗読をする練習が大切。今日練習したように、言葉のフレーズを一気に語るスピード感、フレーズ感と同時に
母音の明快さを大切に。

1曲目Chanson d’automneは、レシタティーヴォが連なる感じの典型的なシャンソン風。
前も教えたが、語るスピードを大切にして欲しい。
ゆったり語るか、激して語るか?
この曲場合は、ダイナミックス表示のPとかFの違いは、その語り方の違いと思って間違いないだろう。

2曲目Tous deuxは明快に1曲目と対比を作るような音色の曲である。
声も明るく解放的にほしい。
彼女の場合は発音と関係あるが、軟口蓋側を高く上げる発音を意識して欲しい。
技術的に言うとこうだが、基本的な発声が確立している上で要するに微笑みながら歌うとそういう声になる、と思うと分かりやすい。

3曲目L’alle est sans finは、全体に線の太さを大切に。これは音程感、和音感に非常に大きい。
恐らくピアノの和音の一番上を歌う感じになることからだろう。
声を軽くして上ずらないように、しっかり発声することを先ず大切にしてほしい。

4曲目En sourdineでは、彼女の低音の良さが生えて、非常に艶っぽい色気のある歌になる予感が感じられた。
前から低音は良い声が出る、と思ったが、それが発声的にも良くなってきた。
地声にならずに、微妙に上の声区と混ざっている。
この曲では、音楽のつくりから行っても、わざとノンビブラートにして、真っ直ぐに歌うと、アンニュイなこの詩の雰囲気が生かされるだろう。フォーレの同名同詩の音楽に比べてなんと軟派な音楽であることよ!いやこれは評価しての言である。
私はアーンの方が好きだ。

最後にホフマン物語から「キジバトは逃げ去った」
何ということはない、出だしの発声をしっかりしてもらっただけで、するするとしっかりした良い声が聞かれる結果となった。
かなり良い線を行き出している。
強いて言えば最高音、2点Aも力強さがほしいところ。その前の2点Fisの声のまま出せると良いのだが。

表現と言うのは段階があって、朗読でもお芝居でもそうだが、聞こえない、あるいは聞き取れない語りや台詞では表現の域に達しない。
だから、感情移入や役柄の意味は勿論大切だけど、そのこと以前に、あるべき声の基本はしっかり抑えて欲しい。
それから、人にもよるが彼女の場合はとても女性的なセンチメントなので、感情移入するとむしろ喉が上がってしまう傾向がある。

中身云々よりも、まず基礎的な身体の使い方のつぼを押さえて欲しい。
その意味では、男性的な力、訴求力、を身体から漲らせることである。
このことは、役柄や表現と乖離しているけども、前述の声の劇場的な技術のためには、実はとても大切である。

というような話をして、再度通してもらったらたちどころに声に力が出て、全篇、良く聞こえるはっきりと分かる歌になった。
まずはこれがスタート地点である。
このことが確立した上で、悲しみや苦しみや辛さ、刹那さ、という表現の話になってくると思うが、今は必要ないだろう。
そういうことは書いてある音楽に任せれば、自然ににじみ出る、くらいで丁度良いと思う。
ともあれ、とても安定した歌唱になってきた。

レッスンに来出して丁度1年だそうだが、レッスンでの歌唱は、確実に進歩した。
当初のもにゃもにゃとしてか細かった彼女の歌声も、今ではしっかりとなり、歌自体も積極的に表現するようになってきた。
後は本番での実力発揮のレベルを上げて欲しい。最初はハードルを高くして、しばらくしたら、また楽なものを歌ってみると良い。
自分の技術のレベルの向上が分かると思う。